飛鳥涼と八島洋子と八島たね
チャゲ&飛鳥は、1983年から1984年にかけて毎日放送のヤングタウンという深夜ラジオ番組をやっていた。
1984年3月まではふたりだけでやっていたのだが、1984年4月からアシスタントをいれよう、ということになり、八島洋子さんがはいることになった。八島さんはふたりよりちょっと年上であった。
この日がはじめての顔合わせなのに、チャゲと飛鳥は羽田から大阪にむこう飛行機が雪のため欠航になり、チャゲと飛鳥は東京、八島さんは大阪で放送ということになった。
そこでスタッフがいたずら心をだし、八島たね70歳という設定でやろう、ということになり、見事に放送をおえた。
飛鳥はたねさんを気に入ったようであった。
次の週大阪で顔合わせがあり、たねさんは?と話題になって、ショートヘアの30少し前の女性が先週はだましてごめんなさい、と挨拶をした。ふたりはあっけにとられていたが、飛鳥はじっと彼女をみつめていたらしい。
飛鳥と八島さんの結婚はチャゲあすのヤンタン(ヤングタウンを略称)がおわって2年半のちであった。八島たねの年になっても飛鳥は愛しつづけるだろうと、当時のプロデューサーの大鍋さんは著書にかいています(渡邉一雄「ヤンタンの時代」角川書店 2005年)
八島さんは、当時フリーだったのか、つボイのりおのハイヤング京都で「あー、すごくいい」などの効果音もやっていて、非常に器用なひとだったと当時のリスナーは記憶しております。
ただ、結婚はそう意外ではありませんでした。相性のよさは感じられました。いまもいい家庭をきずかれているようですね。
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