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2006年6月14日 (水)

6月14日 裁判官の矜持

6月14日 裁判官の矜恃

                弁護士 岡本 哲

日下公人「国家の招待」2004年・KKベストセラーズをみていると感動的なエピソードがあった。

日下氏の父上は、1941年ごろ、42歳で大東亜戦争開始後日本がまだ勝っているときの軍政下の東南アジの陸軍大佐待遇の裁判所所長となってマレー半島におもむいた。現在のマレーシアである。そこで所長として赴任した。なお、日本は大東亜戦争の初期には勝っており、南方占領地には軍政がしかれていた。当時の南方占領地の切手や収入印紙についても熱心なコレクターがいる。ただ、わたしは日下氏の父上の書簡等はみたことはない。

日下氏の父上のこのときの仕事として、抗日ゲリラを裁くものがあった。抗日ゲリラは中国からマレー半島のジャングルに南下してきて、マレー人を煽動する。日本陸軍は討伐にいくが、ホンモノのゲリラも連行するが、ゲリラのほかにあまり関係ない住民までもゲリラ協力者として連行してくる。具体的なゲリラ活動をせず、反日活動しただけの住民を捕まえてくるわけである。見せしめのため、死刑にしろ、と裁判にかけられる。日下氏の父上は、死刑は滅多にしなかった。国際法上ゲリラはただちに死刑と決まっているが、どのようにして死刑をせずにすませたのか。

法諺で「保護なきところに忠誠を求めるいわれなし」という原則がある。陸軍は一月に一回した村にいっていないので、住民が中国側協力者になるのは当然だという判決をかいて、協力者と目された村の人々は無罪となった。

証拠十分の場合はしかたがなく、死刑の判決を書いたが、内心証拠不十分とおもうのは執行しないで監獄にいれておいた。

当時の寺内元帥の方針にも背くことになる。

しかし、天皇陛下の名での裁判であり、また、軍政要領及び国際法にしたがった解釈をつらぬきとおした。出世にはだいぶひびいたらしい。

日本の敗戦が伝えられた1945年8月15日の朝には、監獄にいってカギをあけて扉をあけて抗日ゲリラを逃がしてやった。

そのあとマレーシアに凱旋したイギリスによって裁判官を含め日本人に対する戦犯裁判が始まる。

マレー人・インド人の元部下たちは反英的といわれるのを覚悟で一生懸命有利なように証言してくれたようだ。そのなかに現在の上院議長もいた。

信念に基づいた行動がみずからを救った例として筆者はいたく感動した。

裁判所に判事は6名いたが、1945年の敗戦後、裁く立場が逆転して、判事全員がシンガポールのチャンギー監獄に収容され、戦犯として裁かれることになる。

このとき、5人は死刑になったが、日下氏の父上だけが無罪となる。理由としては、「この人の判決文は、イギリス人が書いても同じだ。日本なるがゆえの偏りはない。ゆえに無罪である」ということであった。

戦後何十年もってのことであるが、マレーシアの上院議長は日下氏にあったときに「あなたのお父さんは、抗日ゲリラを捕えて死刑にすることを嫌がって、死刑には滅多にしなかった」という。日本とマレーシアの友好にも寄与していた。

この結果に対して日下氏の感慨はまた、筆者とは別のものであった。「国家権力に関する仕事に携わるのは怖いものだとしみじみ思った」(同書56頁)。「イギリスは自分の威信を示すために裁判をしたのだと思った。早くいえば不法な裁判だが、負けてしまった日本国家には五人の判事をかばう力がなかった。国家を失ったときの公務員の運命は気の毒である。

国家権力の階段を昇ると大きな力を持つこともあるが、それが逆目に出て、責任を追及されることもある。時代が変わると、誉められたことが叱られる原因になる。良心を通していても処罰されることがある。その覚悟がない人はうかつに権力装置のパーツになってはいけないと思ったものだ。」

司法試験の科目では基本六法として憲法・民法・刑法・商法・刑事訴訟法・民事訴訟法が課される。(2006年現在、司法試験は2系統あるが、いずれもこの六法はある)憲法は条文を読むだけではなく、現行日本国憲法以外に、「国の体質」としての憲法などを勉強する。いまの平和な日本で、実際の裁判や仕事の場で憲法を意識することは10年に1度あるかないかくらいであろう。しかし、それでも、憲法が試験科目にありつづけるのは、この権力を制御する法律家として、その矜持をたもつための基本精神を勉強してほしいからであろう。旧帝国大学法学部に「国法学」の講座がのこっていて、基本憲法を教えているのは、この名残かもしれない。

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