商事留置権消滅請求制度及び基本書の寿命
商事留置権消滅請求制度及び基本書の寿命
弁護士 岡本 哲
1 法律学習法の変遷――基本書は古本でまかなえるか
2 商事留置権消滅請求制度
3 商事留置権と民事留置権
1 法律学習法の変遷――基本書は古本でまかなえるか
哲学の世界だと「100年は最近といいます」というひとがいる。筆者が大学で法律の勉強をはじめた1980年代はじめのころだと刑法の世界では「10年は最近といいます」、というようなことが言われていた。昭和50年代だと税法・経済法などを除くと基本法といえる六法(憲法・民法・商法・刑法・民事訴訟法・刑事訴訟法)について改正はほんとに頻度がすくなく、少々(とはいっても限度はあるが)古い本でも学習用にさしつかえなかった。基本書を古本でそろえる、というのは筆者の世代くらいまではあったと思う。(改訂版がなかなかでない我妻栄「物権法」岩波書店などは昭和50年代ではプレミアがついていた)よく動くという商法の一分野の会社法でも昭和49年改正の次が昭和56年改正であった。昭和50年代の京都大学法学部で教科書指定されたもののなかでもっとも古いものだと大隅健一郎先生の手形法があったが、これは戦前の初版だったと記憶している。商法総則や商行為法は会社法に対比して古い本が使える分野だとされていた。なお、こんな古い本をつかうせいか、京都大学の現代国語の入試問題は擬古文がよくでるという噂もあった。
現在は民事法刑事法とも毎年のように改訂があり、憲法以外は毎年毎年変更している気がしている。商事法分野では会社法改正が頻繁であるが、そのあおりか商法総則もかわった。商行為法はいちおう残っているようである。ただし、条文がのこっていても関係する制度がかわっていてしまい、商法総則や商行為法の分野でも教科書の改訂は必要とされるが、これは平成17年改正がフォローできればいいだろう。会社法とかはもう、年がかわるたびに買い直したほうが無難になってきた。昭和50年代の「リーガルマンドへの挑戦」有斐閣では法律初学者が司法試験挑戦のため古本屋で基本書を買うはなしがでてくる。大学生が教科書をそろえるとして、1年先輩の本の譲り受けは現在でも有効だろうが、卒業する2~3年先輩の本だと時代遅れになりそうだし、古本で基本書をまかなうというのは、よほど新刊がはやく古本屋に出回らない限り、現在では無理があろう。
2 商事留置権消滅請求制度
あまりかわらない商行為法のなかでもほかの法律の改正の影響をうけている例として、商事留置権がある。平成17年改正でも条文の番号は条文の表現等がかわったので教科書は改正に対応したものが望ましいことになる。
平成16年に改正された破産法は、担保権消滅許可制度と商事留置権消滅許可制度(192条)を創設した。商事留置権も担保権の一種なのに、一般の担保権消滅制度とわけて制度がつくられたのは、活用される場面が異なるからである。一般の担保権消滅制度は破産財団に属する財産について担保権が債権者から付されている場合に、任意売却促進のために利用される。対象物件は売却されることが前提となっている。担保権者は消滅請求への対抗として担保権実効の申立あるいは買い受け申立ができる。いずれにしても該当物件は破産財団からなくなっていく。
これに対して商事留置権消滅請求制度は、裁判所の許可のもとで、破産者の事業を継続する場合その他当該財産の回復が破産財団の価値の維持または増加に資する場合に、商事留置権が対抗されてしまうときに、当該商事留置権を消滅させるための制度である。対象物件は破産財団に取り戻すことが前提となっている。
対象物件については財産価値決定以外に有用性等についての配慮をすることが裁判所・破産管財人に求められる。
改正以前は、商事留置権は法定担保物権であり、破産法上は特別の先取特権とみなされ(破産法66条1項)、商事留置権者は別除権者として、そのもとにある担保目的物件について競売権及び優先弁済権を有し、破産手続の制約をうけることなく、担保権本来の実行方法にしたがって換価することができた。日本法上の商事留置権には、代理商の留置権(商法51条)(ただし、平成17年改正でこの条文は削除された)、商人間の留置権(商法521条)、問屋・準問屋の留置権(商法557条・558条)、運送取扱人の留置権(商法562条)、物品運送人の留置権(商法589条・562条、船長の留置権(商法753条2項)、国際海上物品運送における運送人の留置権(国際海運法20条1項、商法589条・562条)がある。物権については所在地法が適用されるので(法例10条――これも平成18年度改正で律令制度以来の伝統ある「法例」という名称がなくなることになった)、日本に所在される物件については日本法が適用される。
従来は清算型の倒産処理が原則とされたため、破産手続の外において手続の円滑な処理を図ろうとしていた。しかし、清算型倒産処理においても、事業の継続がおこなわれる場合があり、その場合に商事留置権の対象物件をうけもどす必要が生じる。
具体的に実務上もっとも問題となったのは倉敷料・保管料債権の担保として倉庫に預けた原材料・未加工品位などである。事業が継続される場合には、これらの原材料や未加工品を完成させて商品化することにより、収益をあげることができ、破産財団の価値の維持または増加がはかられることが可能になる。また、担保目的財産となっている財産を含めて一体として事業を譲渡するほうが破産財団の充実の観点からより好ましい場合もありうる。
ところが、担保割れ状態であっても「担保権の不可分性」により担保権者の債権全額を弁済しなければ担保権は消滅せず、破産管財人としては不利な交渉をせざるをえなかった。商事留置権消滅請求制度の創設により、財産評価額を弁済することにより当該財産上の商事留置権を消滅させることが可能になった。もっとも、商事留置権における不可分性自体も問題としてもよかったのかもしれないが、今回はそこまでの徹底はなかったようである。被担保債権の範囲としておさえている物件の価格の限度しか要求できなくなったのであれば、物件と債権の満足が関連したことになり、民事留置権と似てきたともいえる。
なお、法改正以前の問題として商事留置権と破産との関係について破産によって留置的効力は消滅するのか否かという議論があったが、改正法は留置的効力が存続するという立場になじみやすいようである。消滅説からは、解釈がわかれることを防止し、より強力存続説をも封じ込めたにすぎないとも言える。最高裁平成10年7月14日判決は留置的効力存続説になじみやすいが、この判決は動産不動産はともかくとして、不動産の商事留置権については射程外の判決として理解されている。
ともかく、破産法改正によって、必要がある場合には破産管財人は裁判所の許可のもとで商事留置権の消滅を申し立てることによって当該物件の受戻請求をすることが可能になった。
商行為法・商法総則の教科書は平成16年の破産法改正でも平成17年の商法改正でも修正箇所があることになる。
破産法の教科書は、商法の平成17年改正をうけて書き換えなければならないことにる。
3 商事留置権と民事留置権
商事留置権に対応するものに民事留置権があるが、民事留置権は破産によってその効力を失うものとされている(破産法66条1項)。改正破産法でも特に手当てがされているものではない。立法担当者からすればいろいろと手当てをしたいところであったが、一種の時間切れにおわったらしい。民事留置権については破産法改正で特に影響を受けず、教科書としてはこの点に関しては古いものがそのまま使えることになった。
参考文献 小林秀之編「Q&A倒産法改正と民事法の実務」新日本法規・2005年・131頁以下(執筆者 原強)
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