2007年3月29日 (木)

あさのあつこ講演会にいってきた

3月29日 木曜日 雨

岡山国際ホテルでの岡山経済同友会主催のあさのあつこ講演会にいってきました。

映画「バッテリー」が3月10日より配給されています。この撮影のときの苦労話しや感動したはなしなどガ主体でした。

自分の息子と主演の林くんとの差にため息をついていると、息子のほうが、そら天海祐希と自分の差より小さいといいかえされたというはなしも受けていました。息子さん二人は映画にでているそうです。

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2007年3月26日 (月)

ハモン・セラーノはうまかった

3月24日土曜日 

雨 (岡山 大阪とも)

関西商事法研究会で大阪へ。新株発行差止の限界及び金融取引法におけるコーポレートガバナンスについての発表をきく。

晩には若手切手収集家の面々と中津のカサ・ミラ(おそらくガウディの世界遺産になっている建築からとった名前だろう)でスペイン料理とスペインワインを堪能。ハモン・セラーノはうまかった。日本代表がペルーを破ったサッカーがかかっていたが、切手収集談義にあけくれていた。

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2007年1月28日 (日)

「たなぞう」に「法律書」の読書ノノート作成

本の雑誌、がやっているウェブコミニュティ「たなぞう」にmadi名義で法律書の読書ノートを作成中です。よかったらコメントしてやってください。

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2007年1月15日 (月)

110万円のはがきをみた

1月13日に岡山からす会の定例会が岡山駅西口の国際交流センターで開かれました。

 安藤会員の外信はがきの発表で2001年の国際点で大金銀をとったものに、さらに三五六はがきの6銭の使用済がくわわっていました。カタログ値110万円のもので、現存2点といわれているものです。いやー、目の正月をしました。

 ほかに消印等も珍しいものがいろいろありました。1877年くらいからのものですので、現在とはまちの中心がかわっていて、現在では小さい町だが、当時の外信がでる湊だったりして、消印のうつりかわりも楽しいものです。

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2007年1月 3日 (水)

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

本ブログは3年目を迎えることになりました。

本年もよろしくお願いします。

                  平成19年元旦

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2006年11月17日 (金)

2006年新語流行語大賞候補にグレーゾーンが

2006年新語流行語大賞にグレーゾーンがはいりました。

2006年1月23日の画期的な最高裁判例が契機になったものと思われます。

http://www.jiyu.co.jp/singo/

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2006年9月13日 (水)

9月12日 火曜日 ドタキャンと飛び込み

9月12日 火曜日

口頭弁論6件と来客5件

ドタキャンと飛び込みがあったため、大幅にまたせたお客さんがでたりした。

 

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9月11日 月曜日

9月11日 月曜日

口頭弁論5件。来客5件。

起案の案はできるのだが、なかなか最終決定ができない。

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9月10日 日曜日 幼稚園バザーのあおり

9月10日 日曜日

午前中に嫁と子供がが親戚のこどもがかよっている幼稚園のバザーにつきあっていってしまった。

  ぞの帰りに「喜怒哀楽」の岡山寿司弁当がおみやげになっていた。

  幼稚園のバザーの大変さとかいろいろきかされた。

昔「熱闘幼稚園」というマンガがあったのをおもいだした。熱闘甲子園の題名だけはパロディだが内容はおもいだせない。

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9月9日 土曜日 岡山からす会

9月9日 土曜日

事務所では起案

夜は切手収集家の集まりである岡山からす会。今回は1995年発行の第二次世界大戦50周年記念切手について発表

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9月8日 金曜日 池本誠司先生の講演

9月8日 金曜日

法廷2件 来客4件

晩は岡山弁護士会会館で特定商取引法・割賦販売法の概要と改正についての研究会 池本誠司先生の講演

池本先生は明治大学法科大学院と大宮法科大学院で消費者法を担当されている。

  条文のつかいかたについて目からウロコがけっこうあった。

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9月7日 木曜日 口頭弁論8件

9月7日 木曜日

口頭弁論8件

  今年だと一番おおかった日かもしれない。1件和解でまとまったのはありがたかった。

  来客3件

  おまとめローンの司法書士の責任について少し考える。

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2006年9月10日 (日)

9月6日 水曜日

9月6日 水曜日

高金利引き下げ関連の立法問題でいろいろとカッカとする。

落選運動をしてやろうかと思うが、落選確実議員がやけで行動する可能性があるのかもしれない。落選確実でない議員をおどすかすかすのが効率的か。

  来客5名 法廷2件

   起案の宿題を1件かたづけた程度。

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2006年9月 5日 (火)

9月5日 火曜日 貸金業者に対する行政処分申立起案 ベトナム料理ほか

9月5日 火曜日

雨がふったせいか猛暑がやわらいだ。

貸金業者が違法行為をおこなっていることに対する行政処分申立を件起案する。

来客5名、法廷1件。

「将棋世界」10月号を購入。

「現代法律実務の諸問題 平成17年度研修版」第一法規がようやく届く。岡山弁護士会協同組合にお金をおとすためにほかの書店からの購入をひかえていたものだ。

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9月4日 月曜日 広島出張ほか

9月4日 月曜日

東京出張予定だったのが広島出張になった。

午前中は来客1件。

昼はイタ飯屋。スパゲッティ・アラビアータであるが、昼なのでニンニクがあまりきいていないのが不満。

京都大学有信会・姫路郵趣会・中国国際放送などから手紙到着。有信会会長が3回生当時助教授だった森本教授になっていて月日の流れに驚く。

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2006年8月12日 (土)

伊藤アキラ先生 誕生日おめでとう

8月12日は「南の島のハメハメハ大王」などで知られる作詞家の伊藤アキラ先生の誕生日です。おめでとうございます。

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2006年7月 5日 (水)

7月5日 本因坊秀策

7月5日 水曜日

ミンボー事件で岡山県北を動き回る。

晩の22時のNHK「その時歴史が動いた」は「本因坊秀策」

「ヒカルの碁」で藤原佐為がとりついた名棋士である。

秀策記念館は東京と広島県因島にある。

将棋のほうでは大山記念館が青森と倉敷にあるようなものか。

広島出身の升田記念館は広島にないのはちと寂しい。

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2006年6月29日 (木)

6月28日 こどもの歯がぬけてしまった

6月28日 水曜日

  帰ってみると、2歳の長男の前歯が抜けてしまっで歯医者で治療したと妻の報告があった。

  遊んでてころんだせいで前歯がぬけたらしい。

  くっつくのか、というとわからないが、くっつくこともあるらしい。

  1月たてばくっついたかどうかわかる、ということであった。

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2006年6月25日 (日)

6月24日 土曜日 結婚式と法と精神医療研究会

6月24日 土曜日

昼間は結婚式に出席。2歳の長男がはしりまわってまいった。

  晩は第20回岡山・法と精神医療研究会に参加。

テーマは成年後見制度の言及で

1 成年後見制度の運用の現況と課題

  岡山家庭裁判所調査官

2 成年後見制度鑑定書の検討2件

  医師による報告

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2006年6月22日 (木)

商事留置権消滅請求制度及び基本書の寿命

商事留置権消滅請求制度及び基本書の寿命

                              弁護士 岡本 

1 法律学習法の変遷――基本書は古本でまかなえるか

2 商事留置権消滅請求制度

3 商事留置権と民事留置権

1 法律学習法の変遷――基本書は古本でまかなえるか

哲学の世界だと「100年は最近といいます」というひとがいる。筆者が大学で法律の勉強をはじめた1980年代はじめのころだと刑法の世界では「10年は最近といいます」、というようなことが言われていた。昭和50年代だと税法・経済法などを除くと基本法といえる六法(憲法・民法・商法・刑法・民事訴訟法・刑事訴訟法)について改正はほんとに頻度がすくなく、少々(とはいっても限度はあるが)古い本でも学習用にさしつかえなかった。基本書を古本でそろえる、というのは筆者の世代くらいまではあったと思う。(改訂版がなかなかでない我妻栄「物権法」岩波書店などは昭和50年代ではプレミアがついていた)よく動くという商法の一分野の会社法でも昭和49年改正の次が昭和56年改正であった。昭和50年代の京都大学法学部で教科書指定されたもののなかでもっとも古いものだと大隅健一郎先生の手形法があったが、これは戦前の初版だったと記憶している。商法総則や商行為法は会社法に対比して古い本が使える分野だとされていた。なお、こんな古い本をつかうせいか、京都大学の現代国語の入試問題は擬古文がよくでるという噂もあった。

現在は民事法刑事法とも毎年のように改訂があり、憲法以外は毎年毎年変更している気がしている。商事法分野では会社法改正が頻繁であるが、そのあおりか商法総則もかわった。商行為法はいちおう残っているようである。ただし、条文がのこっていても関係する制度がかわっていてしまい、商法総則や商行為法の分野でも教科書の改訂は必要とされるが、これは平成17年改正がフォローできればいいだろう。会社法とかはもう、年がかわるたびに買い直したほうが無難になってきた。昭和50年代の「リーガルマンドへの挑戦」有斐閣では法律初学者が司法試験挑戦のため古本屋で基本書を買うはなしがでてくる。大学生が教科書をそろえるとして、1年先輩の本の譲り受けは現在でも有効だろうが、卒業する2~3年先輩の本だと時代遅れになりそうだし、古本で基本書をまかなうというのは、よほど新刊がはやく古本屋に出回らない限り、現在では無理があろう。

2 商事留置権消滅請求制度

あまりかわらない商行為法のなかでもほかの法律の改正の影響をうけている例として、商事留置権がある。平成17年改正でも条文の番号は条文の表現等がかわったので教科書は改正に対応したものが望ましいことになる。

平成16年に改正された破産法は、担保権消滅許可制度と商事留置権消滅許可制度(192条)を創設した。商事留置権も担保権の一種なのに、一般の担保権消滅制度とわけて制度がつくられたのは、活用される場面が異なるからである。一般の担保権消滅制度は破産財団に属する財産について担保権が債権者から付されている場合に、任意売却促進のために利用される。対象物件は売却されることが前提となっている。担保権者は消滅請求への対抗として担保権実効の申立あるいは買い受け申立ができる。いずれにしても該当物件は破産財団からなくなっていく。

これに対して商事留置権消滅請求制度は、裁判所の許可のもとで、破産者の事業を継続する場合その他当該財産の回復が破産財団の価値の維持または増加に資する場合に、商事留置権が対抗されてしまうときに、当該商事留置権を消滅させるための制度である。対象物件は破産財団に取り戻すことが前提となっている。

対象物件については財産価値決定以外に有用性等についての配慮をすることが裁判所・破産管財人に求められる。

改正以前は、商事留置権は法定担保物権であり、破産法上は特別の先取特権とみなされ(破産法66条1項)、商事留置権者は別除権者として、そのもとにある担保目的物件について競売権及び優先弁済権を有し、破産手続の制約をうけることなく、担保権本来の実行方法にしたがって換価することができた。日本法上の商事留置権には、代理商の留置権(商法51条)(ただし、平成17年改正でこの条文は削除された)、商人間の留置権(商法521条)、問屋・準問屋の留置権(商法557条・558条)、運送取扱人の留置権(商法562条)、物品運送人の留置権(商法589条・562条、船長の留置権(商法753条2項)、国際海上物品運送における運送人の留置権(国際海運法20条1項、商法589条・562条)がある。物権については所在地法が適用されるので(法例10条――これも平成18年度改正で律令制度以来の伝統ある「法例」という名称がなくなることになった)、日本に所在される物件については日本法が適用される。

従来は清算型の倒産処理が原則とされたため、破産手続の外において手続の円滑な処理を図ろうとしていた。しかし、清算型倒産処理においても、事業の継続がおこなわれる場合があり、その場合に商事留置権の対象物件をうけもどす必要が生じる。

具体的に実務上もっとも問題となったのは倉敷料・保管料債権の担保として倉庫に預けた原材料・未加工品位などである。事業が継続される場合には、これらの原材料や未加工品を完成させて商品化することにより、収益をあげることができ、破産財団の価値の維持または増加がはかられることが可能になる。また、担保目的財産となっている財産を含めて一体として事業を譲渡するほうが破産財団の充実の観点からより好ましい場合もありうる。

ところが、担保割れ状態であっても「担保権の不可分性」により担保権者の債権全額を弁済しなければ担保権は消滅せず、破産管財人としては不利な交渉をせざるをえなかった。商事留置権消滅請求制度の創設により、財産評価額を弁済することにより当該財産上の商事留置権を消滅させることが可能になった。もっとも、商事留置権における不可分性自体も問題としてもよかったのかもしれないが、今回はそこまでの徹底はなかったようである。被担保債権の範囲としておさえている物件の価格の限度しか要求できなくなったのであれば、物件と債権の満足が関連したことになり、民事留置権と似てきたともいえる。

なお、法改正以前の問題として商事留置権と破産との関係について破産によって留置的効力は消滅するのか否かという議論があったが、改正法は留置的効力が存続するという立場になじみやすいようである。消滅説からは、解釈がわかれることを防止し、より強力存続説をも封じ込めたにすぎないとも言える。最高裁平成10年7月14日判決は留置的効力存続説になじみやすいが、この判決は動産不動産はともかくとして、不動産の商事留置権については射程外の判決として理解されている。

ともかく、破産法改正によって、必要がある場合には破産管財人は裁判所の許可のもとで商事留置権の消滅を申し立てることによって当該物件の受戻請求をすることが可能になった。

商行為法・商法総則の教科書は平成16年の破産法改正でも平成17年の商法改正でも修正箇所があることになる。

破産法の教科書は、商法の平成17年改正をうけて書き換えなければならないことにる。

3 商事留置権と民事留置権

商事留置権に対応するものに民事留置権があるが、民事留置権は破産によってその効力を失うものとされている(破産法66条1項)。改正破産法でも特に手当てがされているものではない。立法担当者からすればいろいろと手当てをしたいところであったが、一種の時間切れにおわったらしい。民事留置権については破産法改正で特に影響を受けず、教科書としてはこの点に関しては古いものがそのまま使えることになった。

参考文献 小林秀之編「Q&A倒産法改正と民事法の実務」新日本法規・2005年・131頁以下(執筆者 原強)

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2006年6月17日 (土)

6月16日 金曜日

  6月16日 金曜日

  委員会1件 来客3件

夜はネット麻雀2半荘  2位と4位でさえない。

  岡山駅前ラーメン「丈」の特製塩ラーメンをストレートで食べる。

 

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2006年6月14日 (水)

6月14日 裁判官の矜持

6月14日 裁判官の矜恃

                弁護士 岡本 哲

日下公人「国家の招待」2004年・KKベストセラーズをみていると感動的なエピソードがあった。

日下氏の父上は、1941年ごろ、42歳で大東亜戦争開始後日本がまだ勝っているときの軍政下の東南アジの陸軍大佐待遇の裁判所所長となってマレー半島におもむいた。現在のマレーシアである。そこで所長として赴任した。なお、日本は大東亜戦争の初期には勝っており、南方占領地には軍政がしかれていた。当時の南方占領地の切手や収入印紙についても熱心なコレクターがいる。ただ、わたしは日下氏の父上の書簡等はみたことはない。

日下氏の父上のこのときの仕事として、抗日ゲリラを裁くものがあった。抗日ゲリラは中国からマレー半島のジャングルに南下してきて、マレー人を煽動する。日本陸軍は討伐にいくが、ホンモノのゲリラも連行するが、ゲリラのほかにあまり関係ない住民までもゲリラ協力者として連行してくる。具体的なゲリラ活動をせず、反日活動しただけの住民を捕まえてくるわけである。見せしめのため、死刑にしろ、と裁判にかけられる。日下氏の父上は、死刑は滅多にしなかった。国際法上ゲリラはただちに死刑と決まっているが、どのようにして死刑をせずにすませたのか。

法諺で「保護なきところに忠誠を求めるいわれなし」という原則がある。陸軍は一月に一回した村にいっていないので、住民が中国側協力者になるのは当然だという判決をかいて、協力者と目された村の人々は無罪となった。

証拠十分の場合はしかたがなく、死刑の判決を書いたが、内心証拠不十分とおもうのは執行しないで監獄にいれておいた。

当時の寺内元帥の方針にも背くことになる。

しかし、天皇陛下の名での裁判であり、また、軍政要領及び国際法にしたがった解釈をつらぬきとおした。出世にはだいぶひびいたらしい。

日本の敗戦が伝えられた1945年8月15日の朝には、監獄にいってカギをあけて扉をあけて抗日ゲリラを逃がしてやった。

そのあとマレーシアに凱旋したイギリスによって裁判官を含め日本人に対する戦犯裁判が始まる。

マレー人・インド人の元部下たちは反英的といわれるのを覚悟で一生懸命有利なように証言してくれたようだ。そのなかに現在の上院議長もいた。

信念に基づいた行動がみずからを救った例として筆者はいたく感動した。

裁判所に判事は6名いたが、1945年の敗戦後、裁く立場が逆転して、判事全員がシンガポールのチャンギー監獄に収容され、戦犯として裁かれることになる。

このとき、5人は死刑になったが、日下氏の父上だけが無罪となる。理由としては、「この人の判決文は、イギリス人が書いても同じだ。日本なるがゆえの偏りはない。ゆえに無罪である」ということであった。

戦後何十年もってのことであるが、マレーシアの上院議長は日下氏にあったときに「あなたのお父さんは、抗日ゲリラを捕えて死刑にすることを嫌がって、死刑には滅多にしなかった」という。日本とマレーシアの友好にも寄与していた。

この結果に対して日下氏の感慨はまた、筆者とは別のものであった。「国家権力に関する仕事に携わるのは怖いものだとしみじみ思った」(同書56頁)。「イギリスは自分の威信を示すために裁判をしたのだと思った。早くいえば不法な裁判だが、負けてしまった日本国家には五人の判事をかばう力がなかった。国家を失ったときの公務員の運命は気の毒である。

国家権力の階段を昇ると大きな力を持つこともあるが、それが逆目に出て、責任を追及されることもある。時代が変わると、誉められたことが叱られる原因になる。良心を通していても処罰されることがある。その覚悟がない人はうかつに権力装置のパーツになってはいけないと思ったものだ。」

司法試験の科目では基本六法として憲法・民法・刑法・商法・刑事訴訟法・民事訴訟法が課される。(2006年現在、司法試験は2系統あるが、いずれもこの六法はある)憲法は条文を読むだけではなく、現行日本国憲法以外に、「国の体質」としての憲法などを勉強する。いまの平和な日本で、実際の裁判や仕事の場で憲法を意識することは10年に1度あるかないかくらいであろう。しかし、それでも、憲法が試験科目にありつづけるのは、この権力を制御する法律家として、その矜持をたもつための基本精神を勉強してほしいからであろう。旧帝国大学法学部に「国法学」の講座がのこっていて、基本憲法を教えているのは、この名残かもしれない。

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6月13日 サッカー・ワールドカップのオーストラリア戦敗戦と日本の未来が明るいことについて

6月13日 サッカー・ワールドカップ・オーストラリア戦敗戦と日本の未来があかるいこと

                              弁護士 岡本

ワールドカップ予選のオーストラリア戦の敗戦でしずんでいるが、明るくたのしい話題をひとつ。

新聞の論説やら、学者の本をみると日本は社会問題山積のようであるが、日本は1500年かけて国内問題のほとんどを解決してきた文明国である。いかに文明化されているか、刑務所の収容人数を比べてみよう。日本の刑務所がたりないと、ここ数年話題になっているが、現在の収容人員数は11万人である。これに対してアメリカは人口が日本の倍にもかかわらず50倍ちかい511万人である。同じ人数割合にしてみると25倍刑務所が必要になるわけである。日本の治安がいかにいいかということである。外国人犯罪増加のため刑務所がいっぱいになってきたが、これは外国人については当該外国にて日本で決めた刑期を厳密に収容してもらうということでまかなうことも可能である。(ただし、現行法では無理)

文化やファッション産業では日本はアジア.のリーダーである。ファッション雑貨は日本のものがそのまま売れ、ドラえもんもちびまる子ちゃんもどこでも通用する。名探偵コナンは中国でのほうが売れているくらいだ。

経済成長率がさがってきたことを問題にすることもあろうが、それもあまり心配ない。

イギリスの全盛期であるヴィクトリア女王の治世は1838年からはじまり20世紀はじめまでつづいた。わたしは切手収集家であるから、ヴィクトリア女王の肖像のついた1840年の切手を集めている。写真製版の実に立派な出来であるが、このころのイギリスは文明国であったせいか、切手も封筒もやったら残っており、翌年発行されたもっともありふれた切手であるペニーレッドの貼られた封筒など1500円くらいで投げ売りされている。ここまで値段が日本の切手でさがるのは大正3年くらいにならないといけない。80年程度日本は遅れていたのである。しかし、現在は日本だけでイギリスフランスドイツをあわせたよりGDPは大きい。ヴィクトリア女王治世下のイギリスの平均成長率は1パーセントであった。現在の日本はこれより上である。イギリスの競争相手は内乱やら負ける戦争やらで勝手に消耗していったのである。

  日本は貧富の差が中国やアメリカよりなく、内乱の可能性もない。ここ数年は安泰であり、明るく楽しく、くらしていけそうである。そもそもワールドカップの敗戦が新聞の一面トップになるということが、その国が平和であることの証拠ともいえる。

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2006年5月28日 (日)

5月26日 第57回日弁連総会

5月26日 金曜日 日弁連総会

  全国まわりもちの日弁連総会が今年は岡山で開かれた。

  午後1時からホテルグランヴィア岡山でおこなわれ、紛糾もなく無事終了した。

懇親会は民事訴訟法学会と同じ立食式であった。

  さて、民事訴訟法学会では会費は1万円だったが、日弁連の会費はいくらだったか?

1 5000円

2 8000円

3 1万円

4 1万2000円

5 3万円

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2006年5月17日 (水)

5月17日 風邪からの快復

5月17日 水曜日

午前中は法廷1件 来客2名

午後は法廷1件 和解1件 来客3名 民事介入暴力対策事件あり

  晩は委員会1件

  ようやく風邪でしゃがれていた声がなおってきた。2歳児が4日でなおったから大人は倍くらいだろうと思っていたらそのとおりであった。

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2006年5月11日 (木)

5月8日 家族の風邪

 5月8日(月)

 連休あけでスケジュールがつまっている。

 家族が青っぱなをたらしてごほごほやっているので、風邪らしい。

 自分も声が少々おかしくなってきた。

 乾燥していたので風邪のウィルスも元気なのかもしれない。

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2006年5月 6日 (土)

母の死 ハカイダーの恐怖ふたたび

  地方紙には報道されましたが、4月30日に母がなくなりました。享年71でした。喪主は父でした。

   5月2日通夜5月3日本葬があわただしくすぎました。

  会葬してくださったみなさまありがとうございました。

  長男(2歳)がまたまた暴れまくり、父の挨拶のときに動き回っておりました。火葬場では「おばあちゃん、おばあちゃん」といって泣いておりました。なんだかハラハラしどおしで当日はあまり哀しみにひたる間もなかったように思います。

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2006年4月12日 (水)

3月26日 トミカこども博覧会 ドロロ兵長ほか

  3月26日 日曜日

コンベックス岡山のトミカこども博覧会に妻と子とともにいく。

けっこうこんでいた。

  トミカはミニカーとプラレールで知られている玩具製造メーカーである。

  入場券とひきかえにスバル360のミニカーをもらう。わが家でオヤジが最初にかった自動車はスバル360であった。

  がちゃがちゃでケロロ軍曹の携帯ストラップをねらったところ、ドロロ兵長のそれがあたった。5匹のキャラクターのなかでもっとも影の薄いあれである。

  午後には強制執行を1件おこなった。

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2006年4月 4日 (火)

関西商事法研究会等 3月25日

 3月25日 土曜日

 朝は民事介入暴力対策の緊急の相談がはいる。

 午後は大阪で関西商事法研究会。

 レセプツム責任の判例批評と新会社法下における株主総会運営等について会場

をおいだされるまで議論がなされていた。親子会社関連の規則変更と社外監査役資格の関連など悩ましい論点がでてきていた。

 夜は田辺光政名古屋大学名誉教授をまじえて会食があった。

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2006年4月 3日 (月)

小川珈琲店 3月24日

 3月24日 金曜日

午前中 岡山で法廷2件

午後 岡山で法廷1件のあと倉敷で法廷2件

 小川珈琲店が倉敷の裁判所の1ブロックはなれたところにあり、いく。

こどもがかけまわって迷惑をかけるようになってきたのでなんだか子連れではいきにくくなってきた。

そのあと岡山で来客。

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2006年3月26日 (日)

東京日帰り出張ほか 3月23日

 3月23日 木曜日

 仮処分のため、東京日帰り出張。

 法廷2つと来客2名

 東京出張のたのしみの食事もなかった。時間がないときはハゲ天の天ぷらもたべることができない。

 晩は岡山大学のそばの鳥恵で一杯。もやしのナムルのヒゲ根がとってあったり手づくりキムチの細かい味付け(ナシをいれたりいれなかったり)がうれしい。

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2006年3月 1日 (水)

3月1日

 3月1日 水曜日 岡山は雨

 朝方、トルネコオヤジが異世界88階で爆発にまきこまれて死亡してしまった。

 ネットマージャンも不調。

 朝は法廷3件。

 倉敷に移動して法廷1件。

 岡山にもどって法廷2件。

 来客3件。

 

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2006年2月28日 (火)

2月28日 火曜日 刑事弁護での結果

 2月28日 火曜日

 午前

 来客1名 法廷3件

 午後 法廷1件

 記録閲覧2件

 来客3件

 刑事弁護で思うような結果がでなかった日はなかなかつらいものがあります。

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2006年2月 7日 (火)

内部告発者の保護

 内部告発者の保護

              弁護士 岡本 哲  
1995年1月の阪神大震災から11年が経過した。1999年9月の台湾大震災からでも6年である。台湾大震災では壊れたマンションの鉄骨が細すぎたり、鉄筋の数が少な過ぎることが露顕して大騒ぎになった。コンクーリト柱のなかにペットボトルが上部までつめられていた場合すらあった。
1月31日に破産が申し立てられたヒューザーの耐震強度偽装事件については、台湾のように壊れて発覚するよりは、いま問題にされたほうが人命や財産の尊重の点からいっても数段ましだったと言える。
おそらくは内物告発があったのであろう。企業ぐるみかどうかは知らないが、犯罪の渦中でも、良心の痛みに耐えられなかった個人がいたということだ。
2004年6月に公益通報者保護法が制定され、本年4月からの施行が予定されている。この法律は公益通報者の保護をはかるとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全名発展に資することを目的としている。
通報を
    事業者内部への通報
    行政機関への通報
    行政機関以外の外部への通報
に区別し、
それぞれについて詳細な保護要件を定め、保護の対象となる通報事実も406の法律のうち罰則で最終的に担保された法律に限る、などの幅広い指定と限定があり、また、解雇権濫用法理の判例の理解も必要となる条項もあり、一読してわからない法律となっている。
筆者にこれの具体的相談がきたら調査のために10時間はいただきたいと思う。
 公益通報者が安心して通報をおこなうための相談窓口の設置が同法制定時の国会附帯決議でなされている。日本弁護士連合会も協力が要請されている。
 2005年9月15日、日弁連は公益通報者支援制度設置要領をとりまとめ、各単位回にどう要領をモデルとした公益通報者支援制度設置を要請した。
 すでに大阪・京都・東京3弁護士会が動きをみせているが岡山弁護士会も当然設置予定である。
 大阪では、広く公益にかかる違法行為一般に関する通報を対象とし、有料相談としつつ法律扶助を活用すること、所定の書式にしたがってファックスや郵便でも相談を受け付けること、相談段階までは匿名を可能とすること、登録弁護士を紹介し、直接紹介弁護士と相談してもらうことなどが検討されている。公益に関する通報内容について適格な判断をするため、専門家(公認会計士・社会保険労務士・医師会・技術士会など)の協力要請が検討中となっている。
 岡山でも有料無料をさかいに活発な議論がなされることであろう。ともあれ、内部通報によって人権救済が図られるかどうかは今後の成果を見守りたい。

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2006年2月 6日 (月)

2月5日 強制執行立ち合いほか

 2月5日 日曜日

 こどもの散歩のつきあいとスポーツクラブにいく。

 午後は強制執行の立ち合い。

 ネットマージャンとテレビゲームをやる。推理小説1冊読破。

 中国国際放送を1時間ほどきく。

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2006年1月 7日 (土)

ブーメランは「へ」の字か「く」の字か

  日経パソコンは名古屋大学助教授の森博嗣先生の「半熟セミナ」というエッセイがすきで定期購読しております。
 2006年1月9日号は「ブーメランは何故帰ってくる?」というタイトルで風を受ける方向と回転方向の相関によって揚力がかたほうにくわわりカーブするという原理を説明しておりました。
 そこでブーメランのかたちについて助手が「へ」の字型のなげるやつだ、というと博士は違う、くの字型だといっています。
 さて、どっちがただしいのでしょうねえ。
 。

 原住民の構えとかみると縦にもつから「く」の字といえそうです。それでも,ほんとうに「く」なのか、さかさなのじゃないか、クレシェンド型なのかデクレシェンド型なのかという問題も派生します

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2006年1月 5日 (木)

年末年始のすごしかた ハカイダーの恐怖

  うちの長男は1歳8カ月だが、実際は1歳半くらいの大きさと行動をしている。母親へのつきまとい行為がはじまり、いやいやをいうようになった。いうこともきかなくなった。

  年末年始は長男をつれて親戚のところへいくことがおおかった。

 

  この前の法事のときは、親戚一同があつまっているなかで、住職の読経がはじまったときに、するするっと這い出してちんちんと勝手にならしていた。どうも打楽器に興味があるようである。

  正月にジジババのところへいったときも仏壇にかけよってチンチンやっていた。

  仏様もさぞ驚いていたのではないだろうか。

  厳粛な空気もめだたい雰囲気もハカイダーが破壊していた年末年始であった。

 

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2006年1月 1日 (日)

新年おめでとうございます

  2006年1月1日(日)

  新年あけましておめでとうございます。

   理非曲直をただす、法治国家のあるべき状態にしたいと思っております。当ブログともどもよろしくお願いします。

  紅白歌合戦は昨年は白組の勝利でした。

  紅組参加のゴリエの力およばず、白組参加の和田アキ子の力は偉大といったところでしょうか。

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2005年12月10日 (土)

12月10日 土曜日

 12月10日土曜日

 弁護士会では全員協議会

 午前午後とも起案。

 ネットマージャンは負けてしまった。

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2005年11月28日 (月)

140万円の試作品切手

 11月27日のジュパン・スタンプのオークションで第一次昭和切手の稲刈り一銭の試作品が140万円で落札されました。

 昭和切手の専門家が落札したので、場内から帰せずして拍手がありました。

 ジャパン・スタンプの場合は15パーセントの手数料か付加されますから、161万円をち落札者は支払うことになります。

 この時期ですとオンリー・ワンのアイテムだと100万円を超えるものはありますが、ここまでいくのは珍しいことです。

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2005年11月10日 (木)

11月10日 負けるとこたえるネット麻雀

 11月10日 木曜日

 事務の目をぬすんで(笑)ネットマージャンをやったが、最後の最後にラスをくって大きくまけてしまった。

 勝ったことなどふっとんでしまって呆然としてしまう。ああ、心が弱い。

 4回に1回しか勝てない競技なのだが勝ったときのことが忘れられないのだろう。

 哲也で最高レート1640 最低レート1440だから平均的打ち手と思われる。

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2005年10月27日 (木)

10月26日(水) 阪神4連敗ほか

 10月26日 水曜日

 阪神が日本シリースに4連敗して負けてしまった。

 ロッテのサブローは岡山出身であるが、岡山では阪神びいきのほうが圧倒的だったようだ。

 風邪がはやっているせいか、頭がいたい。阪神が負けたせいだろうか。

 

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2005年9月 9日 (金)

8月20日 日曜日 ヨンさまを目撃

 8月20日 日曜日

 台北から関西新空港をへて帰国。

 台北国際空港でヨンさまを目撃した。

 数10人規模のおっかけがいた。

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2005年8月27日 (土)

8月19日 金曜日 台湾旅行

 8月19日 金曜日 事務所旅行で台湾にいく。

 朝6時出発だが、台北到着は午後3時である。

 岡山からは関西新空港は不便だ。

 兵庫県か京都府の山陰側にもともとできるはずだったのに土建利権の関係でわざわざ埋め立てた空港になってしまっている。この空港のせいで関西圏あるいは西日本はだいぶ地盤沈下したのではないだろうか。

 台北の国際切手展を見学する。

 晩は101にのぼり、飲茶。

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2005年8月19日 (金)

8月18日 木曜日

8月18日 木曜日

法廷3件

来客5件

ネットマージャンはよくない。

明日からの事務所旅行への準備。

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8月17日 水曜日

8月17日 水曜日

岡山と倉敷と小島で法廷あり。

来客4名

スポーツクラブにいく。

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8月16日 火曜日

8月16日 火曜日

法廷2件

来客4名 ゛

ネットーマージャンはぼろぼろな目にあった。

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8月15日 月曜日

8月15日 月曜日

盆休みのせいか、法廷は1件もない。

来客1名

晩は高校の同窓生で飲み会

精進料理というわけにはいかなかった。

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8月14日 日曜日

8月14日 日曜日

お盆で自分の実家と妻の実家とにいく。

晩は妻の姉のこどもら等と焼き肉。

お盆になまぐさ料理はかまわないのだろうか。店はこんでいた。

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2005年8月14日 (日)

8月13日 土曜日

 8月13日土曜日

 来客1名

 午後は起案とネットマージャン。

 晩は高校時代の将棋部の同窓会。11名参加。将棋大会とマージャン大会には参加できず。岡山県倉敷市がうんだ偉大な名人大山康晴とその後援者のはなしになる。妻の出身地は倉敷市西阿知であるが、西阿知からでた有名人は大山名人だけだそうな。

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8月12日 金曜日

 夏期休廷のせいか、この日は法廷なし。

 来客7名

 宿題をすませようと思っていたが、むしろ増えた感じだ。

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8月11日 木曜日

 法廷2件 来客4名

 ネットーマージャンは負ける。

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8月10日 水曜日

 法廷4件 来客3名

 弁護士会での用事1件

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8月9日 火曜日

8月9日火曜日

 法廷2件 来客5名

 岡山弁護士会会館で先物取引被害の研究会 三木俊博元日弁連消費者委員会委員長をよんでの後援会であった。なかなか充実していた。

 ネットマージャンはすこしもりかえした。

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2005年8月10日 (水)

8月8日 月曜日

 8月8日 月曜日

 朝1で岡山刑務所に接見にいく。

 午前は岡山で法廷3件

 午後は倉敷で法廷1件

 来客3名

 晩は同期の飲み会

 ネットマージャンはすこしもりかえす。

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2005年8月 9日 (火)

8月7日 日曜日

 8月7日 日曜日

 スポーツクラブにこどもの参観にいく。

 その後モスバーガーにいく。

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8月6日 土曜日

 8月6日 土曜日

 午前中は事務所

 午後はネットマージャン。不調。

 晩は切手収集家の団体である「岡山からす会」の納涼例会。

 悪郵会から3名の参加をえて15名程度。オークションも快調であった。

 1次会のみ参加。

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2005年8月 6日 (土)

8月5日 金曜日

8月5日 金曜日

朝は岡山刑務所で接見1件

来客4名

法廷2件

弁護士会で委員会に出席

ネットマージャンはまあまあ好調であった。

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8月4日 木曜日

8月4日 木曜日

来客6件 法廷2件

ネットマージャンは負けまくる。

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2005年8月 4日 (木)

8月3日 水曜日

 8月3日 水曜日

 法廷1件

 昼は妻子と回転すしへいく。こどもがちいさいので格式あるところは無理。

 来客6件

 晩はスポーツクラブにいく。

 ネット麻雀はさんざんにまける。

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2005年8月 2日 (火)

8月2日 火曜日

8月2日 火曜日

朝は岡山刑務所で接見2名。

午前中は来客2名 午後は来客4名

ネット麻雀は不調  東風荘ではレートを30くらいおとしてしまった。

夕立があって近所に落雷があったもよう。

 

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8月1日 月曜日

8月1日 月曜日

  朝は洋食

  倉敷で法廷1件゛

  昼は倉敷でステーキの定食 ガーリックトーストがついていたのを食べてしまった。

  午後は法廷2件 来客3件

  晩は弁護士会館で刑事弁護研究会に出席

  晩はかぼちゃの鶏そぼろかけ、とサケの塩焼き、味噌汁

  スポーツクラブにいこうとおもったら寝てしまった。

  ネット麻雀は不調。

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2005年8月 1日 (月)

7月31日 日曜日

日曜日。一応は休み。

ネットマージャンをやるが、2位2回4位4回とさんざんのでき。

  午後は、依頼者およびその親族にあいに病院にいく仕事1件。

  このほか妻子とイトーヨーカ堂へいく。

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2005年7月31日 (日)

7月30日 土曜日

7月30日 土曜日

  午前中は事務所。

  午後は、台北国際放送のリスナーのつどいで大阪へいく。

  20名ほど参加。余興もあってにぎやかであった。

  石塚真一「岳」1巻 小学館

仲正昌樹「日本とドイツ二つの戦後思想」光文社新書

小浜逸郎「人生のちょっとした難問」洋泉社新書

小谷野敦「帰ってきたもてない男--女性嫌悪を超えて」ちくま新書

柘植久慶「戦争で読む「ローマ帝国史」PHP文庫

菊池直恵「鉄子の旅」4巻 小学館を購入

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2005年7月30日 (土)

7月29日 金曜日

7月29日 金曜日 広島の八丁堀シャンテで中国地方弁護士連合会の研修会に出席。

  週刊文春8月4日号と週刊プロレス8月10日号を行き帰りの新幹線のなかで読む。

  晩は「備長」で焼鳥とビール。せせりがうまい。

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2005年7月28日 (木)

7月28日 木曜日

 7月28日 木曜日

 朝はパン。ブルーベリージャムとハムエッグ、サラダ、コーヒー。ハムは貰い物。

 週刊モーニングの発売日であるが、「ピアノの森」が掲載されていないので買わない。

 午前中は、広島で中国地方弁護士連合会の研修会があるが、キャンセルして、緊急のミンボー事件の会合をおこなう。

 法廷2件。

昼は、からあげ定食。研修会でのホテルの弁当はキャンセルがまにあわず。だれかほかのひとが食べたのだろうか。

 ネットマージャンをするが、勝てない。

午後は、法廷1件。接客1件。ミンボー関連の電話数件。

 明日は広島の研修、明後日は大阪で台湾の台北国際放送リスナーの会に出席予定。

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